今朝は何故か、 自然に身体が動いて
朝から掃除機かけてる自分を
新鮮に感じました (笑)
いつも掃除を億劫に思っていて、
いつも掃除を億劫に思っていて、
変な時間に嫌々やったり、
後回しにしてたんです。
で、トイレに入って棚に置いてある
で、トイレに入って棚に置いてある
本(自分で置いた) を何気に手に取り
パッと開いたところにこれが
書いてありました。
↓引用ここから↓
「苦」とは、パーリ語の「ドゥッカ」
という言葉を訳したもので
「 思うがままにならない」という意味です。
苦のもとは、たったひとことで言えば、
「嫌だ」と思うことです。
「嫌だ」と思った瞬間に、
「嫌だ」と思った瞬間に、
さらなる苦が生まれてくる。
「嫌だ」 という思いから、
あらゆる問題をつくってしまうのです。
この嫌だと思う気持ちと向き合うところから、
この嫌だと思う気持ちと向き合うところから、
↑引用ここまで↑
アルボムッレ・スマナサーラ著
『ブッダの教え 一日一語~今を生きる366の智慧』より
今日は「嫌だ」と思わなかったから「苦」
ならずに掃除機がかけられたんですねw
いつもこうだといいんですけどねw
いや、 本当はこんなしょうもない話の為の
いや、
ブッダの言葉ではないのでしょ うが、
『一を聞いて十を知る』と言うではありませんか!
掃除ひとつとっても、
娘の就活のことも、
あのことやあの人のことを嫌だと
思いながら関わり続けていったなら、
『苦』でしかなくなり、そこに
思いながら関わり続けていったなら、
『苦』でしかなくなり、そこに
幸せは見いだせない・・・
ただ、本当に嫌な奴はいる時はいるものですし、
場所でも人でも関わること自体が害になる
ような場合は嫌と言ってもいい時はあると思います。
『イヤだなぁ・・・』という気持ちが
発生した時に、もうひとりの自分が
俯瞰してその感情を見ている、という
イメージが持てたら、少しは苦しさが
軽くなるんじゃないかな?
そういう生きていく上での知恵として、
インプットしておくといいかも。
『イヤだなぁ・・・』という気持ちが
発生した時に、もうひとりの自分が
俯瞰してその感情を見ている、という
イメージが持てたら、少しは苦しさが
軽くなるんじゃないかな?
そういう生きていく上での知恵として、
インプットしておくといいかも。